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気づけばそこにある"見えない境界"

ハタラクの壁

第5回|「130万円の壁」
——短時間労働者と企業双方の不利益を生む制度的境界



「130万円の壁」は、しばしば働く人だけの問題として語られます。けれど現実には、企業にとっても見逃せない損失を生む制度的な境界でもあります。とりわけ、夫婦どちらか一方の収入だけでは生活が維持できず、“副収入”で差を埋めなければならない世帯に負担が集中します。壁のせいで「もう少し働きたい人」が就労を抑え、企業は「もう少し働いてもらいたい場面」で人手を活かし切れない——このダブルの非効率が、現場で静かに広がっています。
【壁の定義】扶養の境目が働きを縛る
130万円は、短時間勤務者にとっての社会保険料の境界線です。
● 年収130万円未満:配偶者の扶養に入り、本人の社会保険料負担はなし
● 年収130万円以上:扶養から外れ、本人が健康保険・年金に加入し、毎月の保険料を自己負担

混同されやすい「103万円の壁」は性質が違います。
103万円の壁(税金):年収103万円を超えると、税法上の扶養から外れて本人に所得税・住民税がかかる
130万円の壁(社会保険):年収130万円を超えると、社会保険の扶養から外れて保険料の自己負担が発生する

つまり103万円=税金、130万円=社会保険。この二つが重なることで、現場には“二重のハードル”が立ち上がります。
【なぜ存在するのか】「副収入モデル」と今の現実のズレ
この仕組みは、〈主収入(フルタイム)+副収入(短時間)〉という家庭モデルを前提に設計されました。配偶者を扶養に入れれば保険料を払わずに医療・年金の保障を受けられ、副収入をできるだけ目減りさせない——当時の家計を守る合理的な制度だったのです。

しかし今は事情が違います。物価上昇と実質賃金の伸び悩みで、一方の収入だけでは暮らしが組み立たない世帯が増えています。結果として、もう一方がパート・アルバイトで「本気で稼ぐ」必要があるのに、130万円を少し超えた途端に保険料負担で手取りが逆転・目減りしやすい。制度は「副収入が補助的」という過去の前提のまま据え置かれ、生活のために働く人ほど報われにくい構造が生まれています。
【なぜ超えられないのか】集中する負担、広がる非効率
130万円の壁は、もともと副収入を前提にした制度と、いまの共働き必須の現実が噛み合わないところに生まれます。家計は手取りの逆転に怯えて就労を抑え、企業はシフト設計の自由度低下で人手を活かし切れず、越えた先の選択肢も乏しい。結果として、負担が補填的に働く世帯へ集中し、双方の損失が固定化されます。
家計サイドの壁:130万円超で保険料負担が増え、手取りが減る局面があるため、「あと少し働く」決断が損得で止まる。副収入に依存する世帯ほどダメージが大きい。
企業サイドの壁:「130万円以下に抑えたい」制約を抱える人材は、繁忙期の延長・担当替えが難しく、採用・配置の効率が下がる。
受け皿不足:短時間正社員や保育枠、分業設計など越えた先の働き方がまだ少なく、「越えるインセンティブ」より「留まる安全」が勝ちやすい。
【どうすれば超えられるのか】制度と現場の両輪で設計し直す
解決の要は、制度(公助)・企業(共助)・本人(自助)を同時に動かす設計です。どれか一つだけでは摩擦が残るため、三方向の対策を束ね、「越えた方が得になる」絵姿を見せることが重要です。
政策・制度の対応:厚労省「年収の壁・支援強化パッケージ」を活用し、企業証明による一時超過の扶養取扱いや時間延長支援を使う。適用要件や配偶者手当の設計見直しの議論を後押しする。
企業の設計:「短時間正社員」「段階昇給」「職務の分解」を組み合わせ、130万円超のルートを明示。年2回の家計シミュレーション面談で手取り不安を可視化し、越えどきの合意形成を行う。
本人の戦略:世帯単位の損益試算で越える年/留まる年の計画を作成。時短でも成果が出る「業務分解シート(できること・できない時間帯・持ち帰り可タスク)」を用意し、企業の配置設計に乗りやすくする。
【第三者の役割】相談と設計をつなぐ“ハブ”
第三者は、制度理解と家計試算、就労設計を中立に橋渡しします。企業と本人だけでは詰まりやすい論点をほどき、越えるための現実的ルートを提示します。
厚生労働省「年収の壁」への対応 —— 106万/130万/配偶者手当の最新情報と企業・本人向け資料
ハローワーク(オンラインサービス案内) —— 求職登録・求人検索・各種セミナー案内
日本年金機構「被扶養者に異動があったときの手続き」 —— 扶養の収入要件・手続きの公式解説
全国社会保険労務士会連合会 —— 社労士への相談(就労・社会保険の試算や制度設計の助言)
【まとめ】“副収入モデル”の更新は、家計も企業も得をする
130万円の壁は、「副収入が補助的」という前提のまま残った制度と、共働きが前提の現実がぶつかる継ぎ目に立っています。負担は、主収入だけでは暮らしが維持できない世帯に集中し、企業側にも人材活用の非効率をもたらす。だからこそ、制度(公助)・企業(共助)・本人(自助)に第三者の支援を組み合わせ、「越えた方が得になる」働き方の設計を増やすことが鍵です。それは個人の救済ではなく、企業の人材戦略と社会の持続性に直結するアップデートです。
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