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<映画に学ぶ、しごとの哲学>

第1幕|『プラダを着た悪魔』は、なぜ今でも“仕事の壁”の象徴なのか?


この連載「映画に学ぶ、しごとの哲学」では、映画のセリフや演出、登場人物の選択から、働く人が日々向き合う“問い”を取り出していきます。作品そのものの紹介ではなく、映画が映し出す「仕事」「組織」「人間関係」の本質を読み解き、読む人が自分の働き方を考えるきっかけとなる視点を提示することが目的です。物語の奥に潜む“しごとの哲学”を、あなた自身の現場に置き換えて味わってみてください。

🎬1 この映画が描こうとしている“ひとつの壁”
『プラダを着た悪魔』は、働く人が必ずぶつかる壁――「これまでの努力や価値観が、突然通用しなくなる瞬間」を真正面から描く作品だ。
主人公アンディ(アン・ハサウェイ)は新卒のジャーナリスト志望で、ファッションにはほとんど興味がない。だが面接当日の朝、彼女なりに精一杯身だしなみを整え、必死に準備してランウェイ編集部に向かう。ところが、その“努力”はファッション誌の世界では努力にすら見えなかった。場違いな格好でオフィスに入った瞬間、冷ややかな視線が一斉に向けられる。
そして編集長ミランダ(メリル・ストリープ)は、アンディの必死さを一瞬で見抜きながらも淡々と言い放つ。「あなたの努力なんて、私には関係ないわ」。これはアンディが「努力したのに」と主張したわけでも、反論したわけでもない。むしろ、アンディが“努力しているつもり”であることが、ミランダには透けて見えていた。努力の方向が違えば、それは努力として評価されない。映画は冒頭からこの分厚い“壁”を観る者へ突きつける。
🎬2 職場には“その場の言語”があり、それを知らなければ能力は活きない
アンディが変化を余儀なくされるのは、ファッションディレクターのナイジェル(スタンリー・トゥッチ)に叱咤される場面だ。失敗が続き、落ち込んでいたアンディが愚痴をこぼした瞬間、ナイジェルは静かな口調で言う。
「この仕事を舐めるのはやめるんだな」。
その後、ナイジェルはアンディをクローゼットに連れて行き、ブランドの歴史、色やラインの意味、デザイナーの意図を説明していく。ファッションに興味があるわけではないアンディは、ただ戸惑う。しかしナイジェルが見せたかったのは“服の美しさ”ではなく、“この世界が使っている言語”だったのだ。
作品が示そうとするのは、職場に合わせることが「迎合」ではないという視点だ。迎合とは「自分の価値観を捨てて周囲に合わせること」だが、適応とは、「その場の語彙・文法を理解して初めて自分の能力が活かせるということ」。この後アンディが外見を整えていくのは、誰かに媚びたわけではなく、この世界を理解できるようになったからなのである。
🎬3 順調になるほど“自分”が揺らいでいく
仕事が回り始めると、アンディは一気に忙しくなり、周囲から求められる基準も日に日に上がっていく。やがて恋人ネイト(エイドリアン・グレニアー)との関係はすれ違い、彼はある夜、疲れた表情で言い放つ。
「君は別人になっていく。まるで誰かの人生を生きてるようだ」。
彼の言葉が指すのは、アンディが変化したことそのものではない。仕事が順調になるほど、人は無意識に“求められる自分”を優先し、本来の自分が後ろへと押しのけられていく。その微妙なずれが積み重なると、ふとした瞬間に「私は誰の人生を歩いているのか」と戸惑うことがある。ネイトはそこを敏感に察知し、恋人へアラートを送った。
映画はこの揺らぎを、強調も否定もせずに静かに描いている。働くという行為は、自分を広げる営みであると同時に、自分が削られていく過程でもある。その二つのせめぎ合いがアンディの表情からにじむ。
🎬4 ミランダの非情さは“悪意”ではなく、この世界のロジックそのもの
パリのファッションウィークでアンディは、ミランダが地位を守るために非情な判断を下す場面を目撃する。長年パリを夢見てきたエミリー(エミリー・ブラント)の同行を、ミランダは直前でアンディに差し替え、さらに後任人事を阻止するために親しい同僚すら切り捨てたのだ。
表面だけなら卑怯で冷酷にも見えるが、映画はミランダを“悪魔”として描こうとはしていない。むしろ、彼女はこの職場が求めるロジックに忠実な人物だ。部下を救うことと、自分の仕事を守ることのどちらかしか選べない時、彼女は躊躇なく後者を選ぶ。これは冷酷さというより、この業界の構造が必然的に彼女をそう動かしているのだ。
ミランダの行動は、働く人がどこかで触れる“仕事の冷たさ”を具体的な姿として映し出している
🎬5 アンディが“降りる”のは、逃げではなく境界線を引き直す行為
物語の終盤、アンディはミランダの電話を振り切り、ランウェイ編集部を辞める。だが映画は「辞めれば救われる」という単純な構図にはしていない。
アンディはただ、自分の中で静かに線を引いたまでである。働くことで広がっていく自分と、働くことで削られていく自分。そのどちらが今の自分にとって大切なのかを、彼女はようやく自分で判断できるようになった。これは逃げでも後戻りでもなく、経験を通して得た“成長”の姿だ。
働くとは“差し出す量”と“守るべきもの”の調整が常に求められる営みである。アンディの選択は、その調整を自分の基準で行ったにすぎない。
🎬6 では、なぜこの映画は今でも“仕事の壁”の象徴なのか?
『プラダを着た悪魔』が公開から20年近く経ってもなお、多くの働く人に読み継がれる理由は、この作品が描く「壁」が普遍的だからだ。映画が映し出したのは「努力の方向が突然通用しなくなる壁」や「その場の語彙を知らないと何も始まらない壁」、そして「働くほど自分が揺らいでいく壁」、さらにミランダの決断が象徴するように、「世界の非情さに触れて価値観が揺れる壁」までが一つの物語の中に編み込まれている。
こうした壁は業界や時代を問わず、誰もがいつか必ずぶつかる種類のものだ。だからこそ、この映画は今でも“仕事の壁”を象徴する作品として語られ続ける。複数の壁に立ち尽くすアンディの姿に、観客は自分の影を重ねるのである。
作品データ
タイトルプラダを着た悪魔(The Devil Wears Prada)
公開2006年
監督デヴィッド・フランケル
出演アン・ハサウェイ、メリル・ストリープ、エミリー・ブラント、スタンリー・トゥッチ、エイドリアン・グレニアー、サイモン・ベイカー、トレイシー・トムズ、リッチ・ソマー、ダニエル・サンジャタ ほか
上映時間109分

【あらすじ】
大学を卒業したばかりのアンディは、ジャーナリストを夢見てニューヨークへやってくる。彼女が偶然つかんだ仕事は、世界的ファッション誌「ランウェイ」のカリスマ編集長・ミランダのアシスタント。ファッションに興味がなく、価値観も世界観も違うアンディは、容赦のない要求や非現実的な仕事量に圧倒されながらも、次第に職場の“暗黙のルール”に順応していく。しかし、誰かの期待に応えるうちに、気づけば自分自身の価値観が揺らぎ始め……。仕事とは、自分を変えることなのか。それとも守ることなのか。映画はそんな問いを観客に投げかけながら、アンディの成長と葛藤を静かに描き出す。

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