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<映画に学ぶ、しごとの哲学>

第3幕|『ソーシャル・ネットワーク』に学ぶ、“共に働く”という試練

この連載「映画に学ぶ、しごとの哲学」では、映画のセリフや演出、登場人物の選択から、働く人が日々向き合う“問い”を取り出していきます。作品そのものの紹介ではなく、映画が映し出す「仕事」「組織」「人間関係」の本質を読み解き、読む人が自分の働き方を考えるきっかけとなる視点を提示することが目的です。物語の奥に潜む“しごとの哲学”を、あなた自身の現場に置き換えて味わってみてください。

🎬1 同じ目的に向かいながら、ズレが芽ばえるとき
『ソーシャル・ネットワーク』は、ハーバード大学の寮で始まった小さなアイデアが、世界中を巻き込む巨大サービスへ成長するまでを描いた物語だ。だが本作は成功譚ではない。物語の中心にあるのは、創業者マーク・ザッカーバーグ(ジェシー・アイゼンバーグ)と、友人エドゥアルド・サベリン(アンドリュー・ガーフィールド)の“友情のほころび”である。
二人のズレは最初は小さかった。マークは圧倒的なスピードでコードを書き、思いついた瞬間に形にしてしまう。一方、エドゥアルドは慎重で、組織を維持するための手続きを重視する。どちらが正しいというわけではない。ただ二人の“進む速度”が、ほんのわずかに違っていた。その差がやがて創業の歩幅を乱し、友情とビジネスの境界線を静かに揺らしていく。その最初のひび割れが、後の大きな揺らぎの種になっていく。
🎬2 “変化の速度”がずれるとき、友情は試される
フェイスブックが急成長すると、マークの視線は一気に未来へ向かう。シリコンバレー、投資、拡張、世界標準――彼の思考は常にいくつもの可能性を同時に見据えていた。対してエドゥアルドは、収益の安定や法的な安全性を気にかけ、組織としての足場を固めようとする。二人は同じ目的を持っているにもかかわらず、“何を優先するか”の重心が少しずつ違っていく
その違いがもっとも大きく表れるのが、エドゥアルドがニューヨークで広告営業に奔走している間に、マークがナップスター創業者ショーン・パーカー(ジャスティン・ティンバーレイク)と急速に距離を縮める場面だ。ショーンは「世界を変えるならスピードだ」と煽り、マークの野心に火をつけていく。エドゥアルドは遅れているわけでも、夢を小さく見ているわけでもない。二人は同じ未来に向かいながら、“別々の角度から”そこを目指していただけなのだ。
ここで描かれるのは、単なる誘惑や人間関係の嫉妬ではない。“優先順位の違い”が同じ船に乗る仲間にどれほどの負荷をかけるのかという問いだ。プロジェクトが加速するほど、誰の中にもある違いが残酷なほど露わになる。働く人ならきっと覚えがあるはずだ。悪意も過ちもないのに、ただ“向かう角度”が違うというだけで、大切な関係が揺らぎ始める瞬間を。
🎬3 一方が“会社の顔”になったとき、もう一方は何を見るのか
フェイスブックが急速に拡大するにつれ、マークの決定権が強まり、エドゥアルドの役割は少しずつ“周縁へ押し出されていく”。マークは組織の"顔"となり、メディアも投資家も彼ばかりを見る。エドゥアルドは資金を提供し、法的責任も負っているにもかかわらず、「自分は必要とされていない」という影が胸に広がっていく。
映画はここで派手な裏切りを描かない。むしろその逆だ。エドゥアルドの戸惑いや孤独を、淡々とした表情の変化だけで表現する。彼は怒鳴らない。責めない。ただマークとの距離が気づかぬうちに広がっていたことに、静かに気づいていく。
「友達と事業をやる難しさ」は、この“役割の非対称性”にある。一方にスポットライトが当たり、もう一方は徐々に舞台袖へと押しやられる。悪意がなくても、誰かが誰かを追い越してしまう時期は訪れる。その非対称性が生む影を、物語は静かに抱えさせる。
🎬4 決定的な断絶は、派手な裏切りではなく“手続き”として訪れる
二人の関係に決定的な亀裂が入るのは、派手な裏切りの瞬間ではない。フェイスブックの株式再編が静かに進んでいたある日、エドゥアルドは自分の持ち株比率が大幅に下げられていることを知る。通知ひとつで人生が書き換えられていく現実を前に、彼は言葉を失いながらマークのオフィスへ向かい、「どういうことだ、マーク」とかすれた声で問いかける。その響きは怒りよりも、“理解したい”という最後の願いに近い。
映画はこの場面を、感情を煽らず淡々と描く。契約書、署名、法務的な手続き――すべてが粛々と進むからこそ痛い。誰かを悪者にする劇的な裏切りではなく、積み重なった判断や選択が、いつの間にか二人を違う岸へ押し流してしまったことを示している。
この出来事は、後にエドゥアルドが法的手段を取らざるを得なくなる序章として描かれている。友情の崩壊は一瞬の決裂ではなく、“そうせざるを得なかった状況”に静かに積み上がっていくのだ。
働く人にとっても、関係が壊れる瞬間は大声の衝突ではなく、気づけば戻れなくなっていたという違和感の積み重ねによって訪れることが多い。その変化点がどこにあったのかを、観客にそっと考えさせる構造になっている。
🎬5 成功したあとに残るのは、勝者の誇りではなく“もう戻れない距離”である
フェイスブックが大きくなるにつれ、二人の役割は静かにずれていく。マークは開発と拡張に全力で向かい、エドゥアルドは財務やリスク管理を丁寧に支え続ける。速度の違いではなく、見ている“守るべきもの”が少しずつ変わっていっただけだ。
どちらの立場も間違っていない。むしろ企業にはこの二つの視点がどちらも必要だ。しかし、組織が急に成長すると、このバランスが簡単に壊れてしまう。映画が描くのは、友情が壊れたのではなく、役割の変化が関係の形を変えてしまうという、ごく普遍的な現実だ。
エドゥアルドが感じた痛みは、誰かが悪かったからではない。同じ目的で始めても、組織の成長に合わせて“関わり方”が変わることがある。そのズレが、関係のかたちを変えてしまう過程をたどらせる。
🎬6 天才の速度と、関係を支える人の強さ
『ソーシャル・ネットワーク』が胸に残るのは、マークの天才性よりも、エドゥアルドの揺らぎや痛みが働く人の現実に近いからだ。
映画はマークを善悪で裁かないが、同時に“特異な存在”として描いている。視界も速度も飛び抜けており、誰にでも再現できる働き方ではない。
だからこそ、物語の救いはエドゥアルドにある。彼は傷つきながらも関係を守り、仲間を信じ、組織のバランスを整える役割を果たしていた。それは弱さではなく、チームを人間的に保つための大切な働きだ。多くの現場で、こうした人がプロジェクトの持続力をつくっている。
そして大きな挑戦の中では、異なるタイプの人間が共にいることが不可欠だ。未来へ一気に走る人もいれば、足元を整えながら関係を支える人もいる。どちらが欠けても、フェイスブックの最初の一歩は生まれなかっただろう。速さだけでは前に進めず、支えだけでも物語は動かない。
映画は最後に問いかける。「あなたは誰と、どんな立ち方で仕事をしたいのか」。自分がどちら側に近くても、その役割に胸を張っていいのだと、本作はそっと示している。
作品データ
タイトルソーシャル・ネットワーク(The Social Network)
公開2010年
監督デヴィッド・フィンチャー
出演ジェシー・アイゼンバーグ、アンドリュー・ガーフィールド、ジャスティン・ティンバーレイク、ルーニー・マーラ、アーミー・ハマー、マックス・ミンゲラ、ラシダ・ジョーンズ ほか
上映時間120分


【あらすじ】
ハーバード大学の学生マーク・ザッカーバーグは、失恋をきっかけに作った評価サイトで注目を集める。やがて友人エドゥアルドの支援を得て「フェイスブック」を立ち上げるが、急成長の裏で二人の関係には静かな溝が生まれていく。投資家の参加と株式の変動が友情とビジネスの境界を揺らし、法廷での証言を通して“共に働くこと”の難しさが浮かび上がる。

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